最終更新日: 03/05/04

 

人名辞典

 

講談社刊「大日本人名辞書」より、加藤木賞三に関する記述を下記に紹介する。

 

カトギ シュンサウ 加藤木o叟

殖産産業家、幼名亥之吉、賞三と称し致仕してo叟と改む文化十二年九月十八日常陸国茨城郡孫根村に生る、里正加藤木新五郎の第二子なり天保七年の秋凶歉殆ど実らず藩候倉庫を發きて賑恤の用に充てたるも須臾にして全く盡き又如何ともすべからずo叟之を見て大に憂ひ父兄が己のため一家を立てんとし数年来蓄積せし米穀数百俵を出して之を救はんことを企て其の許を得て倉庫を發く遠近相伝へて名聲噴々たり是に於てか領内の富豪争うて又窮民を賑はし一人の餓荐を見ず人皆o叟の徳を賞して措かず弘化元年年丗士籍に班し第三宮吉田大明神の祠官となる此年藩主罪を幕府に得て屏居を命ぜらるるやo叟慷慨措く能はず必死四方に奔走し寝食を忘る為めに疑を受けて累将に其の身に及ばんとするを知り免れて江戸に奔り交りを天下の名士に訂し益々王事に勤むる所あり明治に入りて士族の産を失ふ者甚だ多きを見之に授産せんとし東茨城郡常磐村の地を相して開墾地四百餘町歩を得経理の方法を立てて之に桑を栽ゑて養蚕を習はしめ或は尊徳翁の教を守って郷人に殖産興業の道を教ふるなど其巧尠なからずこの事天聴に達し二十五年五月藍綬章を賜うて其の善行を表彰せらる、二十六年四月十八日病没す、年七十九(明治忠孝節義傅)

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